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東京地方裁判所 昭和39年(ヨ)2206号 判決

債権者

西川洋一

右訴訟代理人

安田叡

浜口武人

債務者

日野自動車工業株式会社

右代表者

松方正信

右訴訟代理人

沢田喜道

高橋梅夫

主文

債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有することを仮に定める。

債務者は債権者に対し昭和三九年四月から本案判決確定に至るまで毎月二三日限り金一九五〇〇円を仮に支払え。

申請費用は債務者の負担とする。

事   実(省略)

理由

一債権者が昭和三二年三月自動車製造業を営む会社に雇われ、会社の日野工場で労務を提供してきたこと、ところが、会社が昭和三九年三月二三日債権者に対し解雇を予告し併せて同年四月二三日をもつて解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争がない。

そして、会社が昭和三八年一二月一六日債権者を会社の日野工務部材料管理課出荷係から勤労部人事課人事係に配置転換して入社希望者に対する面接および身元調査を担当させることとし、債権者にその旨を命じたところ、債権者がこれを拒否したので、会社が同月一九日債権者に休業を命じたことは当事者間に争がなく、<証拠>によれば、会社は債権者が右配置転換拒否の態度を固持するだけで、新職場における就労の意思を表明しないので、これを理由として債権者を解雇したものであることが、また<証拠>によれば、会社の就業規則の四六条には、会社は業務上の指示命令に不当に反抗した者を情状に応じ解雇を含む懲戒処分に付することができる旨、四七条には、懲戒手続を執行するため必要があるときは会社は仮に休業を命ずることができる旨の規定があることが、それぞれ一応認められる。

二債権者は右配置転換命令による労務が会社との雇傭契約によつて定められた労務と種類ないし範囲を異にするものである以上、債権者において右命令に服すべき義務がない旨を主張するので、以下この点につき考察する。

(一)  債権者が養成工として会社に雇われたものであつて、入社後直ちに日野工場生産技術部工業課作業係に配置されたことは当事者間に争がないところ、<証拠>によれば、会社の養成工は採用後、少くとも三年間を養成課程とされ、会社の工場現場の一定部署に配置されて機械の修理、仕上等の現場労働に服するかたわら、会社が付置する日野自動車工業技能者養成訓練所(後に日野自動車工業高等学園と改称)において、機械工、仕上工、プレス工、組立工に分類されて、週二回ずつ、工業高等学校程度の数学、語学、理科等、工場現場労働に必要な工業教育を受け、右課程終了後は、作業員として、引きつづき工場現場において作業労働、すなわち会社の製品たるべき自動車の機械加工、組立等を直接行なう直接工の労務又はその部品等の管理を行なう等の間接工の労務に服するようになることが一応認められる。そして、債権者が前記のように養成工として日野工場の生産技術部工機課作業係(後に同部工機第一課作業係と改称)に配属後、機械の分解修理作業に従事し、昭和三五年三月一五日養成課程を終了し、ひきつゞき作業員として右作業に従事し、その後も同年五月二五日同課整備係に配置転換されてから、一旦、機械修理の部品調達及び修理工程の樹立等、主として机上の事務に従事したが、昭和三七年四月頃から再び同係(当時作業係の業務の一部を吸収していた)において機械の分解修理作業に従事し、次いで同年八月一六日頃同部設備課動力係(昭和三八年一〇月工務部材料管理出荷係に編入された。)に配置転換されてからはバツテリー充電作業に従事したことは当事者間に争がない。また、<証拠>によれば、会社の就業規則二条は、「この規則において従業員とは事務員、技術員、作業員および警備員をいう。」と規定し職種の別を示していることが疎明される。

してみると、債権者と会社との間に特段の合意があつたのでない限り、前記雇傭においては債権者が会社に給付すべき労務を就業規則上、事務員と区別される職種たる作業員としての工場現場の作業労働とする旨が暗黙のうちに合意されたものと認めるのが相当である。また、右認定の職歴の間に会社が右合意を債権者の同意によつて変更したことを窺わせる事迹はない。

もつとも、<証拠>によれば、会社においては昭和三六年末から昭和三八年末までの間に養成工出身の作業員(当時、会社の作業員は約四〇〇〇人、そのうち、債権者と同期の養成工出身者は約七〇人であつた)のうち数名が職種を変えて会計、労務、工場見学案内等のいわゆる事務労働に服するようになつたことが疎明されるが、同時に、これらの者は会社から右のような事務労働に服すべき旨の配置転換命令を受け、これに応じて事務労働に従事するにいたつたものであることも疎明されるので、この場合には雇傭契約上、職種についての合意を変更する旨の契約当事者による新たな合意がなされたものと認めるのを相当とするから、単に作業員の職種変更の事例の存在だけでは、養成工出身の作業員の給付すべき労務の合意に関する前記認定を動かすに足りない。また、債権者の属する組合と会社との間に締結された労働協約(<証拠>によれば昭和三八年一〇月一日期間を一年と定めて締結された)の四条に、「組合は人事に関する権利が経営権の一部であることを認める。前項の人事に関する権利とは従業員の採用、異動、職種の変更、休職、昇給、賞罰、解雇等をいう。」と規定されていることは当事者間に争がないが、右規定は本来、人事権が経営権の一部として会社にあることを組合において一般的に承認したにすぎず、会社が個々の組合員との労働契約によつて職種を特定した場合に、その労務の内容を、その組合員の同意なくして、一方的に変更しうることまで組合において承認したものではないと解するのが相当である。

(二)  したがつて、会社が債権者に命じた日野工場勤労部人事課人事係の入社希望者に対する面接および身上調査の業務は債権者が会社との雇傭契約にもとづき会社に給付すべき労務の範囲に属しないものという外はないが、使用者が労働者に対し指揮命令権を行使して配置転換をして、従前と異なる労務の提供を命じうるのは労働契約によつて使用者に提供すべきものと定めた労務の種類ないし範囲に限られ、その範囲を出たのでは、その労働契約の趣旨に反するから、会社の債権者に対する右命令によつて、債権者が会社に対しこれに応じる労働を給付すべき義務を負担するものでないことは明らかであり、また仮に右命令を職種に関する合意の変更申込であると解するとしても、債権者がこれを拒絶したことは、すでに認定したところであるから、これによつて、所期の効力を生じるに由はない。

三果して、そうだとすれば債権者が会社の右命令に従わなかつたのは会社の就業規則四六条に該当するとはいうことができず、前記解雇理由は自ら、その根拠を欠くのみでなく、さような理由で解雇するのは会社の恣意にすぎるから、会社が債権者に対してなした解雇の意思表示は権利の濫用に該当し、その効力を生じないというべきであつて、債権者は、なお会社に対し前記雇傭契約にもとづく権利を有するものである(なお、債権者は解雇権の濫用とは評価しないが、これを組成する事実関係の主張をしているから、これを判断の基礎に用いても弁論主義に反するものではない。)。

そして、債権者の右解雇前たる昭和三八年一一月一六日から同年一二月一五日までの賃金月額が毎月一九五〇〇円であり、毎月一五日〆切、二三日払の約定であつたことは当事者間に争がないから、他に特別の事情がない限り、債権者は昭和三九年四月一六日以降、右と同額の賃金の支給を受くべき地位にあつたものと認めるのが相当であり、また<証拠>によれば、債権者は前記配置転換命令以前の会社の職場で就労すべく準備し、その旨を会社に申出ていることが一応認められる。

四ところが、会社が債権者を解雇したと称して、従業員として処遇しないこと、一方<証拠>によれば、債権者が会社から支給される賃金によつて生活する労働者であり、解雇後はアルバイトとしてアカハタの配達に従事するにとどまることが一応認められるから、債権者は賃金の支払を受けないことにより窮迫状態にあるものと推認するに難くない。

五よつて、債権者が会社に対し労働契約上の権利を有することを仮に定め、会社が債権者に対し昭和三九年四月から本案判決確定まで毎月二三日限りその月分の賃金として一九五〇〇円を仮に支払うべき旨の仮処分命令を発することを相当と認め、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(駒田駿太郎 沖野威 高山晨)

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